大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 昭和51年(ワ)161号 判決 1981年4月24日

原告 岸本衆志

被告 国 ほか一名

代理人 真田幸雄 岩原良夫 高橋利幸 永井良治 ほか一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名は原告に対し、各自金二九六〇万一九一二円及びこれに対する昭和五〇年五月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  被告国については、仮定的に担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙目録記載(一)ないし(三)の各土地(以下「本件土地」という。)のもと地である福井県坂井郡芦原町波松五五字カマヤ一番の二保安林一万四三八六平方メートル、同所同番の三保安林四八五七平方メートルの各土地は、もと訴外有限会社山中産業(以下「山中産業」という。)が所有していたところ、その後右の各土地につき、昭和四四年九月一八日、同月一二日付売買を原因として山中産業から訴外有馬貞子に、同四五年五月七日、同年四月二八日付売買を原因として同訴外人から訴外礦研産業株式会社(以下「礦研産業」という。)に、同四七年一月三一日、同月一〇日付売買を原因として訴外株式会社北陸衆楽園(以下「北陸衆楽園」という。)に、次いで北陸衆楽園から原告に同年九月一八日、同月一六日付売買を原因として順次所有権移転の登記を経由しており、同年一一月二七日、前記一番の二、一万四三八六平方メートルの土地は別紙目録(一)(但し地目は雑種地)、同(三)(但し地目は雑種地)及び一番の七雑種地一二九一平方メートルの三筆の土地に、また前記一番の三、四八五七平方メートルの土地は別紙目録(二)の土地(但し地目は雑種地)及び同番の八雑種地八六四平方メートルの二筆の土地にそれぞれ分筆の登記がなされた。

しかして、その後右一番の二、三、六の各土地につき、原告の一部持分を他に譲渡した旨の所有権移転の登記を経由した結果、原告が本件土地につき別紙目録記載のとおりの各持分を有する旨の取得登記がなされているものである。

ところで、本件土地は、そのもと地である前記一番の二及び三の土地につき、山中産業がこれを所有していた当時の昭和四三年一二月二五日に不動産登記簿の表示として保安林から雑種地に地目変更登記(以下「本件変更登記」という。)がなされて以来登記簿上雑種地として扱われてきたものであるところ、昭和五〇年五月一〇日付をもつて、本件土地につき雑種地から保安林へ錯誤による更正登記(以下「本件更正登記」という。)がなされている。

2  被告らの責任

(一) 被告国の責任(登記官の故意又は過失)

(1) 訴外吉田利雄(以下「吉田」という。)は、昭和四三年三月二五日から同四七年三月二四日まで福井地方法務局金津出張所に勤務する法務省の職員であり、登記官として本件土地など不動産につき地目変更を含む表示に関する登記をなす職務権限を有していたものである。

(2) 吉田は、昭和四三年一二月二五日ころ、山中産業から「保安林の指定及び解除について(通知)」と題する書面(甲第八号証参照)を添付の上、本件土地の表示につき保安林から雑種地への地目変更の登記をなすように職権の発動を求められた際、右書面の内容はその標題の記載文言にもかかわらず、本件土地が保安林であること自体には何らの変更がなく、福井県知事が森林所有者に対し単にその指定目的を「魚つき」から「潮害の防備(その指定施業要件を択伐とする。)」に、いわゆる林種変更する予定であることの告示をした旨の通知に過ぎず、従つて何ら保安林の指定の解除がなされたことを窺わしめる事跡が存しないにも拘らず、敢てこれを無視した上前記日時ころなした実地調査の結果判明した本件土地上には立木が生育していなかつたというだけの現況をふまえ、本件土地は不動産登記法施行令三条にいわゆる「雑種地」であるとの認定・判断を下し、本件土地が保安林であることに変更はないのに、故意にその地目を保安林から雑種地に変更する旨の不実の表示変更登記をなした。

(3) 仮に、吉田に右故意がなかつたとしても、保安林の指定の解除は事柄の性質上公共の安全に係わることであるから吉田は、職権をもつてなすべき本件土地の地目変更登記については、真実本件土地に対する保安林の指定が解除権限を有する者により適法な手続を経て解除されているか否かについて慎重に調査すべき職務上の注意義務があるところ、吉田において直接前記添付書面の作成者である福井県知事に対して照会調査すれば本件土地につき変更されるのは前述の如く単に林種の変更にとどまることが容易に判明しえたにもかかわらず、右照会調査を怠つたため右事実を看過し、その上前記一片の実地調査のみの結果に基づき立木が存在しない保安「林」はありえないと思い込み、軽率にも本件土地は雑種地であるとの誤つた認定・判断を下すに至つたものであつて、以上の過失により前記の不実の表示変更登記をなした。

(二) 被告福井県の責任(福井県知事の過失)

(1) 森林法が保安林制度の目的を達成するため定めた下記の如き各種規定即ち都道府県知事は保安林の維持・管理、及び権利移動の適正化に資するため保安林台帳を調整保管した上一般の閲覧の用に供しなければならず(同法三九条の二)、民有林につき保安林の指定があつたときは区域内にこれを表示する標識を設置し(同法三九条一項)、保安林が常に指定目的に即して機能することを確保すべく、その保全のため必要な措置を講ずる等その適正な管理を行わなければならない(同法三九条の三)等を通観すれば、都道府県知事は保安林の指定があつたときは遅滞なく、かつ、正確に保安林台帳を調整しなければならないことは当然であるが、それのみでは足りず、登記簿上の表示及び現地の標識により保安林であることが何人にも明認できるよう適切に公示し、かつ、それを常時点検・保持すべき法律上の作為義務があることを前提としていることが明らかである。

(2) ところが、原告が本件土地を買受けた時点では被告福井県は本件土地に関し保安林としての適正な管理を怠り、現地には保安林の標識すら設置せず、あまつさえ砂利採取法に基づく土砂の採取まで許可して荒廃するままに放置していたのであつて、これよりすれば同被告は本件土地が保安林としての公共的機能を喪失することを容認していたと評されてもやむをえないところであり、他面右事情と登記簿上本件土地が昭和四三年末から昭和五〇年五月までの長年月にわたり雑種地として不実の表示がなされたままであつたという登記面を合わせ彼此勘案すると、福井県知事は前記法律上の義務に違反し、本件土地が昭和四三年一二月二五日保安林から雑種地に地目変更の不実の違法・無効な登記がなされていることを知悉しておりながら、これを黙認放置していたともいえるのであり、ひつきよう福井県知事は、現地と登記の両面において保安林として本件土地を公示・管理する措置に違法なところがあつたもので、それがその過失によることは多言を要しないところである。

3  原告の損害

(一) 本件土地に福井県坂井郡芦原町波松五五字カマヤ一番七雑種地一二九一平方メートル及び同所一番八雑種地八六四平方メートルを加えた合計一万九二四二平方メートルの土地(昭和四七年一一月二七日付分筆以前の一番の二、三の土地)は、昭和四四年当時既に時価五〇〇〇万円を下らなかつたものであり、従つて、本件土地中原告の持分相当部分のその当時における時価は単純な面積比率により算出すれば二九六〇万一九一二円であつたものである。

(二) ところで、原告は昭和四七年九月一六日、前叙の如き吉田の故意又は過失及び福井県知事の過失に基づく共同不法行為によつて、本件土地を北陸衆楽園から、当時の登記簿の地目表示が雑種地であつたのでこれを信頼し、本件土地は右表示どおり雑種地であるとして売買(もつとも代金は未払である。)により承継取得したものであるところ、その後昭和五〇年五月一〇日本件更正登記がなされるに至り、取得の前提であつた雑種地であれば立木の伐採及び土石等の採掘が可能であるのに保安林として公用制限を受けざるをえなくなつたためこれらの利用が原則として事実上不能となつて本件土地は財産的に無価値なものに帰し、その結果原告は少なくとも前記(一)に記載した本件土地の時価相当額であり、かつ、北陸衆楽園に負担した買受代金債務額相当の損害を被るに至つた。

4  よつて、原告は被告両名に対し、連帯して国家賠償法第一条一項に基づき損害金二九六〇万一九一二円及びこれに対する不法行為後であり、本件更正登記がなされた昭和五〇年五月一〇日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  被告国

(一) 請求原因1の事実は認める。同2の(一)の(1)の事実は認め、同(一)の(2)のうち、吉田が昭和四三年一二月二五日ころ、山中産業から本件土地の表示につき保安林から雑種地への地目変更登記の職権発動を求めたこと(但し、「保安林の指定及び解除について(通知)」と題する書面(甲第八号証参照)が添付されていたとの点は否認する。)、同日ころ、吉田が、本件土地の地目を保安林から雑種地に変更する旨の登記をなしたことは認めるがその余の事実は否認し、同(一)の(3)の主張は争う。同3の(一)の事実は不知、同(二)の事実中、本件更正登記を除くその余の事実は否認し、かつ、その法律上の主張は争う。即ち、本件土地の前主北陸衆楽園は、債権者からの強制執行免脱等の目的をもつて登記上の名義を原告にしたものであり、従つて、原告は実体上の所有権を有しない単なる登記名義人に過ぎず、更に遡れば前主北陸衆楽園、前々主礦研産業等も単なる登記名義人であり、本件土地の所有権は、実体的には山中産業より昭和四四年八月一三日付売買により取得した岸本徳二(以下「徳二」という。)個人に帰属しているというべきである。

(二) 被告国の主張

(1) 登記官吉田の無過失について

およそ登記簿に表示すべき土地の地目は、当該土地の利用状況によつて定まり、最終的には登記官の認定・判断によつて決定されるものであるが、保安林のみについては農林水産大臣(森林法四〇条により本件土地は民有にかかる潮害防備保安林であるから福井県知事に権限委任されているものである。)が、同法二五条、二六条に基づき行なう保安林の指定又は解除の行政処分によつて決定され、もともと不動産登記法五〇条にいわゆる登記官の実質的調査権ひいては前記認定・判断権限の及ばないところである。もつとも保安林が解除されたあと、いかなる地目に変更登記すべきかについては登記官の前記認定・判断によらねばならないことは当然である。本件においては、昭和四三年一二月二五日吉田が本件土地につきなした保安林から雑種地への地目変更登記は、本件土地の当時の所有者山中産業から提出された地目変更登記申請書(以下「本件申請書」という。)には、保安林の指定が解除された事実を証する書面が添付されていなかつたが、変更後の地目(雑種地)を認定するため取り敢えず実地調査をしたところ、本件土地の現況が雑種地であるとの認定可能な状態であつたので、申請人及び申請代理人に対し口頭で解除の事実と解除通知書の存在を確認したうえ、早急にその書面の添付追完を求めたところ、翌日頃申請人より「保安林の指定解除通知書」の原本と写の提出がなされたこと、吉田は右原本と写を照合確認した結果、本件土地の保安林指定が解除されたことが実証されたのでこれと前記実地調査の結果とを総合し、保安林から雑種地への変更登記が相当であるとの判断に到達し、不動産登記法施行細則四四条ノ一一、二項及び旧不動産登記事務取扱手続準則一七六条の規定により写に原本を還付した旨記載したうえで原本はこれを申請人に還付し、写は本件登記申請書に添付させ、その添付書類欄に「保安林の指定解除通知写」と補充記載せしめ、以上の手続を経て本件土地につき保安林から雑種地への地目変更の登記をなしたものであり、吉田がとつた右一連の措置には原告の主張する故意又は過失ある違法な瑕疵は存しない。もつとも、本件土地は明治時代後期より保安林であつたもので現在に至るまで一度たりとも保安林そのものの指定が解除されたことはなく(もつとも、保安林の指定目的(以下「林種」という。)の変更のためにする保安林の指定は、現に定められている林種にかかる保安林の解除と同時又は解除前に行うものとされていることから、本件土地のもと地である福井県坂井郡芦原町波松五五字カマヤ一番保安林三町六畝二七歩(三万〇四三六平方メートル)につき昭和四三年四月一六日福井県告示第二六二号をもつてなされた魚つき保安林から潮害防備保安林への林種変更に関しては、手続的にみるかぎり一旦は保安林指定の解除がなされたものの、それと同時に潮害防備保安林に指定されているから、本件土地が保安林でなくなつた空白期間は全く存しないものである。)、従つて、右「保安林の指定解除通知書」は偽造されたものと推測されるところ、本件土地等はもともと山中産業の代表取締役であつた訴外亡中西正幸(以下「中西」という。)が個人として昭和四三年六月ごろ砂採取の目的で当時の実質上の所有者訴外浜風正治・高谷政男・三谷花子・山岸嘉重郎らから買受け、原告の実父徳二の斡旋により北陸自動車道建設工事現場に砂を納入する商談がまとまつたこと、同年八月二九日中西を代表取締役とする山中産業が設立され、山中産業が中西の砂採取販売事業及び本件土地等の所有権を承継したこと、ところが、本件土地等は保安林であつたため、昭和四三年一〇月二五日福井県知事より山中産業に対し森林法三四条違反を理由とする同法三八条に基づく立木の伐採並びに土石の採取に伴う工事の中止命令を受ける等の羽目に陥り、遂に昭和四三年一一月末の段階で山中産業においては本件土地等からの砂の採取販売事業等は中断のやむなきに至り資金的に行き詰まつたこと、既に同年一〇月頃中西は本件土地等を担保に京都相互銀行敦賀支店に融資の申込みをなしたところ、同行から保安林等についてはこれを担保として融資をしない旨拒絶されていたものの、手形決済資金の調達に苦慮し保安林のため担保価値のない本件土地の地目を雑種地に地目変更登記をしてこれを担保に金融機関より融資を受けることを計画し、同年一二月二五日その登記を経由した上、翌昭和四四年一月一三日前記銀行に対し本件土地を担保にして一五〇〇万円の融資を受け、同月二三日代物弁済予約を原因とする担保仮登記及び抵当権設定登記をなしていること、以上の事実関係に徴すると、偽造者は中西であるとも思料されるものの、それはそれとして、少なくとも本件の場合吉田の前記登記処理の手続に照らし、右書面は当然保安林指定の解除権限を有し、かつ、森林法三三条三項により森林所有者に対する通知権限を有する福井県知事名義により作成され、その内容は、本件土地が昭和四三年一〇月一一日以前の日付をもつて保安林の指定を解除する処分がなされ、その旨告示されたとの記載となつていたと推測され、果してしからば登記官が職務上当然尽すべき注意義務をもつてしてもその成立の真否につき合理的な疑いを生ぜしめない程度にその様式及び内容が真正な公文書の形態を呈していたものであるから、それ以上吉田において作成名義人らに対し、保安林の指定解除処分の有無につき照会する等してその真否について調査することまでは要しないと解されるから、右書面により本件土地につき保安林の指定解除処分があつたものと認定・判断した吉田には故意はもとより一般的・平均的登記官に要求される注意義務に違反する何らの過失もないというべきである。

(2) 原告に損害が発生していない点について

既述したとおり、本件土地の所有権は実体的には現在でも徳二に帰属しており、原告は登記簿上の形式的な所有名義人になつているに過ぎないから、本件土地の譲渡に関し損害の発生を容認する余地はなく、仮に原告が実体的所有者であるとしても、本件土地が保安林であることを知悉している同居にかかる実父たる徳二から同様の認容の下にこれを取得したものであるから、そこに原告主張のような損害の発生・帰属を観念することはできないのである。

2  被告福井県

(一) 請求原因1の事実は認める。同2の(二)の(1)の主張は争い、同(二)の(2)のうち、原告が本件土地を買受けた際、本件土地に保安林の標識の設置がなかつたとの点は否認し、原告主張の期間本件土地の地目が登記簿上雑種地とされていたことは認め、その余の主張は争う。同3の(一)の事実は不知、同(二)の事実中、本件更正登記を除くその余の事実は否認し、かつ、その法律上の主張は争う。原告が本件土地につき実体上の所有権を有しないこと等については、この点に関する被告国の主張と同一であるからこれを援用する。

(二) 被告福井県の主張

(1) 福井県知事の無過失について

本件土地のもと地である福井県坂井郡芦原町波松五五字カマヤ一番保安林三町六畝二歩は明治三〇年法律第四六号をもつて制定された森林法三〇条(なお、明治四〇年法律第四三号による改正後の同法第一〇八条参照)によつて保安林とみなされたいわゆる従来保安林であり、かつ施業方法等の指定を受けない普通保安林であつたところ、明治四四年一二月二三日その林種を潮害防備保安林から魚つき林に変更し、昭和四三年四月一六日に福井県告示第二六二号をもつて更にその林種を潮害防備保安林に変更し(もつとも現行森林法においては保安林の指定は指定の目的ごとに行われることになつているので(同法二五条参照)、右変更は形式上魚つき保安林の指定を解除すると同時に潮害防備保安林に指定する方法でなされている。)、その間何ら保安林そのものの指定の解除等がなかつたものであるところ、福井県知事はその間右もと地につき現行森林法三九条の二所定の保安林台帳を調整の上これを保管し、一般の閲覧に供していた上、保安林内には同法三九条、同法施行規則二二条の一七所定の保安林標識を設置し、潮風等による破損、腐朽を考慮し随時追加設置して一般人に対し当該土地が保安林であることの公示を行つてきたものであり、そこに何ら懈怠したところはなく、過失責任を問われる落度はないというべきである。

他方、原告は同法三九条の三を引用した上、保安林を管理する福井県知事に常時登記簿を閲覧し、地目の表示を保安林として保持すべき具体的な法的作為義務があるとの前提のもとに、本件変更登記がなされたのに福井県知事がこれを看過ないし黙認放置した点に違法な過失行為がある旨主張するが、右引用にかかる規定は一般的な訓示規定であつて福井県知事に対し、原告主張の如き義務を負担せしめる根拠規定と解する余地はなく、他に右義務を措定したと解される規定は森林法はもとより不動産登記法その他の法令にも見当らないから、その立論の前提において失当というべきであり、昭和五〇年五月一〇日福井県坂井林業事務所長が福井地方法務局金津出張所登記官に対し、本件土地につき保安林への地目更正登記を申出たのは、法令に基づく義務の履行ではなく、単に妥当な行政運用を図るため右登記官の職権発動を促す措置であつたものにほかならないのであつて、ひつきよう右申出をなした事実も前示結論を左右するものではないこと明らかである。

(2) 原告に損害が発生していない点について

この点の主張は被告国の主張と同一であるからこれを援用する。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実については、全当事者間に争いがない。

二  被告国の責任

1  吉田が昭和四三年三月二五日から同四七年三月二四日まで福井地方法務局金津出張所の登記官として勤務する法務省の職員であつて、当事者からの申請ないしは職権により不動産に関する各種の登記をなす権限を有していたものであること、本件土地はもともと地目が保安林であつたが、昭和四三年一二月二五日吉田は当時の本件土地所有者である山中産業(土地家屋調査士斎藤由多加が代理した。)からの必要書類を添付した本件土地に関する地目変更登記申請に基づき、本件もと地の表示に関して保安林から雑種地とする旨の本件変更登記を行つたことは原告と被告国との間に争いがないところ、<証拠略>によれば、森林法は指定目的ごとに保安林指定を行うものとしているところから、従来魚つき保安林であつた本件もと地である福井県坂井郡芦原町波松五五字カマヤ一番保安林三町六畝二七歩につき指定目的を潮害防備と変更するに際して、森林法施行令五条により農林水産大臣から保安林指定又は解除に関する権限の委任を受けた福井県知事において、まず昭和四三年二月一三日福井県報により新たに潮害防備保安林の指定を行うと同時に魚つき保安林を解除する各予定である旨の森林法二九条、三〇条(もつとも<証拠略>によれば、同法二五条一項及び二六条一項を摘示しているが不正確のきらいがある。)に基づく保安林予定森林及び解除予定保安林に関する福井県告示第九三号の予定告示をなし、次いで同年四月一六日福井県報により右と同旨の指定及び解除に関する福井県告示第二六二号の確定告示を行い、これにより本件もと地の林種である「魚つき」部分は変更されたものの、潮害防備保安林として存続することになつたこと、しかし右以外にその頃福井県知事が本件土地の保安林たること自体を解除していないことが認められ、そうすると本件変更登記は実体に反するものであることは明らかである。

2  登記官吉田の責任について

(一)  そこで原告の吉田が本件変更登記をなした措置は違法であり、それにつき故意すくなくとも過失責任がある旨の主張について検討すると、前記1の争いのない事実に、<証拠略>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 昭和四三年一二月二五日の午前中に、福井地方法務局金津出張所の登記官吉田は、山中産業の代理人である土地家屋調査士斎藤由多加から本件変更登記の申請書を受付けたが、同人に対し、登記所の年末は繁忙であり、殊に不動産の権利に関する登記の申請が増大するので、自分はその処理に専念しなければならない関係上、実地調査を要する不動産の表示に関する登記申請はできるだけ一二月二〇日ごろまでにするよう一般に要望してきたことを説明した上、当日は右期日を過ぎているので本件登記申請は遠慮して欲しい旨申したところ、右斎藤はこれを了承し申請を撤回して一旦は引き返したが、同日午後に至り再び同所を訪れ、既に実地調査のための車も用意してあるから本日どうしても右登記申請を受理の上、これを処理して欲しい旨懇請したので、吉田はやむなく右申請を受付け、直ちに本件土地の登記簿と対照した上で右斎藤、同人が連れて来た松森司法書士及び山中産業の関係者二名を伴つて現地に赴いた。

(2) そして、現地に到着した吉田は、関係者らの指示を参考にして本件土地との同一性、筆界を確認した上、現況を調査したところ、本件土地は既に学校の運動場のように平坦に整地されており、山林らしき状況を呈していなかつたので申請どおり森林性は失われ、雑種地と認めるのが相当であると判断し、帰庁の途についたが、その車中において本件変更登記の登記申請書に福井県知事が本件土地につき保安林の指定解除処分をしたことを証するに足りる書面が添付されていないことを発見したので同乗の山中産業の関係者に右書面の提出が必要であり、直ちに提出するよう教示した。

(3) 翌二六日、吉田は、追完された保安林指定解除通知書と題する書面の原本とその写を受領し、右原本と写を照合の上その内容を確認したところ、それが本件土地について福井県知事が保安林の指定解除処分をなしたものと認められると判断し、原本は申請人に返却し、写は登記申請書(甲第七号証はその写)に添付して登記原簿に本件地目変更登記を記載して登記手続を完了した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  ところで、登記簿に表示すべき土地の地目は、当該土地の利用状況によつて定まり、最終的には登記官の判断によつて決定されるものであるところ、保安林のみについては農林水産大臣又はその権限が委任された都道府県知事の指定という行政処分によつて決定されるものであり、従つて、保安林から他の地目への地目変更についても右保安林の指定を解除する行政処分がなされたことが必要不可欠の前提であることが明らかであり、これを不動産登記法五〇条にいわゆる登記官の実質的調査権との関連で論及すれば、右権限は地目が保安林となるか、保安林であつたものがそうでなくなるかについては及ばず、ただ保安林が解除された後いかなる地目に変更登記すべきかについてそれが及ぶものと解するのが相当である。従つて、保安林から他の地目への変更登記申請がなされた場合、不動産登記法四九条に則り、同条八号の必要書面としては、福井県知事が本件土地に対し保安林の指定解除処分をしたことを証するものとして保安林指定の解除が掲載された県報又は福井県知事が森林所有者に対し森林法三三条三項によりなした通知書が添付されなければならず、右必要書面が添付されなかつた場合登記官は申請人をして申請を取下げさせるか又は取下げに応ぜず、かつ即日(なおこの点につき昭和三九年一二月五日民事甲第三九〇六号民事局長通達参照)これを補正しなかつたときは申請を却下すべきものというべきである。

以上の説示に照らして前記認定の事実関係及びその認定に供した証拠を検討すると、吉田の証言によれば、同人が本件地目変更登記申請書が受付けられた後、実地調査を実施する以前の段階で前記必要書面が添付されていなかつたことに気付かなかつたのは申請人から実地調査をせかされ蒼惶としていた時であつたことと、申請代理人が土地家屋調査士であつたことに安心していたことによるものというのであつて、それらの事情と実地調査の終了後帰庁の車中で気付いた吉田が、直ちに補正を求めたという前記認定事実を合わせ考慮しても、登記官として慎重さを欠くとのそしりを免れ難いが、それはともかくとして吉田が補正を命じ申請人代理人の名で追完された登記申請書の添付書類欄記載の保安林の指定解除通知写はすでに法定の保存期間を経過したため廃棄処分済みであることは弁論の全趣旨に徴し明らかであるところ、原告においてそれは甲第八号証と同一形容・内容のものであると主張するので、この点について仔細に検討すると、証人岸本徳二、同岸本啓は甲第八号証につき昭和四四年ころ砂の採取を目的として山中産業から本件土地を買受けたものの、福井県から登記簿の表示にかかわらずなお保安林であることを理由に事実上砂の採取を拒否され(礦研産業が砂利採取法一八条に基づく認可申請をする前に認可の可否を打診したところ、不可と伝えられた。)、やむなく下山と鷹巣の土地から砂の採取販売をしたもののはかばかしくゆかず、山崎信光の関係方面に対する政治的動きも何ら効を奏する兆しもなかつたので、昭和四六年末頃岸本啓が司法書士潮津勇と共に福井地方法務局金津出張所へ調査に赴き、吉田の許可を得て岸本啓が主要事項を筆写して持ち帰り、その後徳二がそれをもとに清書したものである旨供述し、更に同供述では甲第七号証(登記申請書)は右出張所では充分時間的に余裕がなかつたので礦研産業の従業員を芦原町役場へ派遣してコピーをとつたものであるとも説明しているのである。右証言内容は日時の点を除き証人潮津勇の証言とも符合している上、甲第八号証の記載内容は福井県知事から山中産業の前々主である訴外山岸嘉治郎に対する「保安林の指定及び解除について(通知)」と題する保安林の指定目的変更予定の通知であつて、前顕福井県告示第九三号の予定告示と同一内容であり、そこに記された文書番号林第二四七号は、真正文書である前顕乙第六号証の右山岸を含む一連の森林所有者に対する福井県知事からの指定及び解除予定通知書の文書番号と同一であり、また末尾部分の「上記原本に因り謄写した昭和四三年一二月二五日」旨の土地家屋調査士斎藤由多加の認証文言も添付書面がいわゆる謄本(写)提出、原本還付という不動産登記法施行細則四四条の一一、一項に則つた正規の手続が履践されたことを示すものであり、かつ、日付が申請日以前ではなく、申請当日になつていることは申請日に補正を命ぜられた後作成したことを暗示しているともいえないわけではないのであつて、この点に関する証人吉田の供述内容とも符合すること、<証拠略>によれば、吉田は、地目変更登記をなした経緯として現地が小学校のグラウンドのようになつていたので登記官の責任においてやつたと説明し、当時の現況のみを強調するばかりで添付書面の存在について全く言及しておらないこと、<証拠略>によれば、吉田は本件土地中一番の二及び三の土地につき北陸衆楽園に対する所有権移転登記に至る一切の登記変動を処理しており、その間自己のなした本件雑種地への地目変更登記と福井県側の保安林指定解除処分の欠缺とのそごが関係者間で問題化していたのであるから、登記官として添付書面の形式的真正のみならず、その内容が果して本件土地の保安林指定の解除処分を窺わしめるに足りるものと認められるかどうかについて人一倍関心を抱き、それを再点検して相当な調査をし、備忘しておく位の措置をとつてしかるべきであるのに何らその挙に出ることなく、証人として抽象的に解除処分が発生したと判断できる添付書面であつたと供述するに止まつているのは余りにも不自然であること、甲第八号証は、その形式内容においていわゆる林種変更に関する保安林行政の実務に通暁していない者にとつて誤解を招き易い点があつたことは否み難く、殊に指定施業要件の下に解除の理由と記載(なお、それが括弧書であつたことは<証拠略>により明らかである。)されるに止まり、前顕乙第七号証の福井県告示のように解除の理由が独立の個所で具体的に指定理由の消滅として明記されておらないので、一見したところ保安林の指定目的を魚つきから潮害防備に変更するとともに施業要件として択伐を指定することを予定したものの、更にそれらを解除したので、結局保安林の指定を解除する旨の告示をしたとの通知書面との速断を招く虞れがあり、現に<証拠略>によれば、本件土地の山中産業の前主訴外山岸嘉夫も甲第八号証類似の書面を見て保安林の指定が解除になつたものと判断しており、原告代理人においても甲第八号証によりすくなくとも本件土地の立木につき「択伐とする」という目的が解除された趣旨と受け取つているやに窺われる節が認められること(同代理人作成の昭和五二年一〇月二一日付準備書面第一の一の(一)の(3)参照)、<証拠略>によれば、本件もと地である五五字カマヤ一番はもともと波松部落の共有地であつたため、甲第八号証の原本等林種変更に関する福井県知事の森林所有者に対する通知書等は区長経由で送付されており、山中産業は売買交渉等の過程で区長らから右通知書を入手する機会があつたこと、以上の諸点を総合すると、本件地目変更登記申請の際に添付された保安林の指定解除通知写は甲第八号証と同一体裁及び内容の真正文書であつたものと推断するのが相当であるといわざるを得ない。

もつとも、被告国の指摘するとおり甲第八号証には不動産登記法施行細則四四条の一一、二項及び同不動産登記事務取扱手続準則一七六条に従い、吉田が当然なしたと推認される原本還付、及び吉田の押印の記載が欠如しているけれども、岸本啓等が転写の際にその記入を脱漏したと考えれば一応説明がつくことであり、そのような想定もあながち不合理とはいえないから、右の点は前示認定・判断を妨げるものではなく、かつ、<証拠略>によれば山中産業は昭和四三年一〇月二五日福井県知事より本件土地等に関し森林法三八条に基づく監督処分を受ける等し、資金的に行き詰まつたため、山中産業の代表取締役中西は本件土地等を担保に京都相互銀行から融資を受けようとしたところ、保安林であることを理由に拒絶されたこと、その後本件雑種地への地目変更登記後昭和四四年一月二三日右銀行から本件土地を担保に提供して一五〇〇万円の融資を受け、同日抵当権設定登記及び代物弁済予約を原因とする担保仮登記をなしていること、中西は公文書偽造をもなしかねないというとかくの風評のあつた強引な人物であつたことも認められるけれども、それ以上中西が銀行融資を受ける緊急の必要に迫られ、先ず保安林を雑種地に地目変更登記をなすため福井県知事が本件土地の保安林の指定を単純かつ確定的に解除した旨の書面までを偽造し、それを登記申請書の添付書面として利用したとまでは本件全証拠を仔細に検討してもこれを推認することは困難である。ほかに以上の認定・説示を覆すに足りる格別の事情は認められない。

(三)  登記官は登記申請の形式的適法性を調査する職務権限があり、登記申請書及び添付書類が法定の形式を具備しているか否か等を審査しなければならないことは多言を要しないところ(不動産登記法施行細則四七条)、前記のとおり本件地目変更登記申請書の添付書類が甲第八号証と同一体裁及び趣旨並びに内容のものであり、それが、保安林の指定目的即ちいわゆる林種の変更処分の予定告示をした旨の福井県知事から本件土地の前々主に対する通知に過ぎず、保安林の指定を解除したことを窺わせる法定の形式を具備しておらなかつたのであるから、登記官としては、前述のとおり不動産登記法四九条八号に則り申請を却下すべきものであるところ、その挙に出ることなくこれを受理して申請に従つた登記をした吉田の措置は違法というべきである。

しかして、右違法な措置につき吉田に故意又は過失があるか否かにつき判断するに、前記(一)記載の認定事実によれば吉田に右故意を認めることはできず、次に前述のごとく確かに本件添付書面は一見誤解の生じ易いものであり、いわゆる林種変更にからむ保安林の解除及び指定の同時処分という森林法をめぐる行政実務にうとい者にとり正確な理解をすることは多分に困難なものであつたことは否定し難いけれども、そもそも一般人より高度な法令の解釈・理解を要求される登記官としては、添付書面に記載されている根拠条文たる森林法三〇条や福井県告示第九三号に直接あたること等によりすくなくとも添付書面を目し本件土地につき確定的に福井県知事の保安林解除処分があつたことを窺わせるに足りる適式な書面であることを誤解することはこれを避け得たと考えられるので、これを誤解した吉田には過失があつたといわざるをえず、結局本件土地の地目変更登記は登記官の過失により違法になされたものである。

三  被告福井県の責任について

1  原告は被告福井県の執行機関である福井県知事が現地と登記の両面についてとつた、保安林として本件土地を公示・管理すべき措置に違法な点があり、それが過失による旨主張するので検討する。

ところで、先ず原告の主張自体によつても原告自身は現地管理の状況に依拠して本件土地が雑種地であると信頼してこれを取得したものではないことが明らかであるから、現地管理の不備の存否は本件損害賠償請求の成否とは無関係であるといわざるをえず、さらにそもそも都道府県知事に標識設置義務を課した森林法三九条、同法施行規則二二条の一七は、保安林の公共的な国土保全機能を事実上十全に維持するための規定であつて、保安林に関する経済取引の動的安全に資する趣旨・目的のものとは解されないから、仮に福井県知事に右規定等に違反するところがあつたとしても、それは保安林取引の当事者に発生した取引上の財産的損害とは相当因果関係を欠くといわざるをえず、また本件全証拠によつても原告への移転登記の登記原因をなす昭和四七年九月一六日当時福井県知事の本件土地の管理につき違法な懈怠や不備があつたものとは認められない。

次に、原告主張の期間中、本件土地の地目が登記簿上雑種地とされていたことは原告と被告福井県との間においては争いがないが、森林法はもとより不動産登記法その他の法令を通観しても、表示登記に関し、福井県知事に対し原告主張の如き義務を負担せしめた法的根拠規定を見出すことはできず、原告の主張は独自な解釈に立つもので到底容認できないところであり、その余の点につき検討するまでもなく理由がない。

2  結局福井県には何ら原告主張の違法行為は存しないというべきである。

四  原告の損害の存否

被告らは原告の実体上の所有権を否認し、単なる登記上の名義人であると主張するので、先ずこの点について判断するのに前記一の全当事者間に争いのない事実に<証拠略>を総合すれば、本件土地の所有権は所有権者山中産業より徳二が昭和四四年八月一三日付売買により代金五〇〇〇万円で取得したものの、その後大日興業に、大日興業から礦研産業(昭和四八年一〇月一二日北陸産業株式会社と商号変更)へ譲渡されたが、福井県知事より礦研産業が保安林を理由に本件土地からの砂の採取を禁ぜられた上、通称鷹巣の砂の採取・販売にも失敗したため、債権者からの差押えを免れる目的で徳二が代表取締役、原告が監査役をしている北陸衆楽園へ登記名義の形式的移転をし、さらに同社も経営が悪化したため、右同様の目的をもつて原告へ登記名義の形式的移転をなしたこと、大日興業・礦研産業及び北陸衆楽園はいずれも徳二を中心としたいわゆる同族会社であるところ、原告はそのいずれについても監査役をしており、かつ徳二と同居している長男として、右事情を知つた上、その名義の使用を許諾したものであることが推認され、右認定に反する証拠はない。右認定及び前掲各証拠によれば、原告は実体的には本件土地の所有権を取得しておらず、単なる登記上の名義人であるというべきである。

しかして、右の点及び本件全証拠によれば原告は徳二ないし礦研産業等において本件土地が登記簿上雑種地となつているにもかかわらず、被告福井県の関係者から未だ保安林の指定解除処分がなされたことがないことを理由に本件土地からの砂利採取の認可処分をうることができないため、種々苦慮し、打開策を講じたものの、すべて失敗していたことを覚知した上、何ら金員の出捐をすることなく、形式上登記名義人となつたものと推断するのが相当であり、さすれば、前記二認定・説示の被告国の登記官のなした違法な過失行為(登記処分行為)の存在自体はそれとしても、すくなくとも原告に関し、その主張の如き損害の発生及び帰属を観念する余地は全く存しないものというべく、従つて、本件更正登記も登記簿上の表示を本件土地の実体に合致せしめた当然の措置と認めるのが相当である。

五  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴各請求は、理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村幸男 朴木俊彦 堀毅彦)

目録 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例